インタビュー:村井純教授

「40年前も、今も、コンピュータがいかに人間を支えるかを考えている」
日本のインターネットの父、これまでの40年とこれからの未来


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村井 純(慶應義塾大学教授)

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聞き手:安井 正人(KGRI所長、医学部教授)


 日本のインターネットの発展や、世界の変化、インターネット文明のこれから・・・「日本のインターネットの父」に語ってもらいたいテーマは多い。 環境情報学部の村井純教授が定年を迎え、2020年4月から大学共通の教授として新たな活動を始めた。

 インターネットが日本で登場してからの40年間は、村井教授が研究を続けてきた40年間と重なる。インターネット文明が転換を迎える今、村井教授とインターネットの軌跡をたどりながら、未来に見据える課題を聞く。

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コンピュータ嫌いの科学少年

 「私の子供のころの愛読書は『子供の科学』。ラジオを作るとか、真空管でアンプを作るとか、テレビや宇宙船のメカニズムを知るとか、そういうことが好きな科学少年でした」村井教授は少年時代を振り返る。
「でも、コンピュータは大嫌いだった。ちょうど高校生のころにコンピュータが出てきたのですが、当時のコンピュータは物理や数学の式を計算させる『計算機』。そこに人が行列して、計算してもらっていた。それを見て、『人間が機械にかしずいているみたいだ』、『機械えらすぎ』と思って、それが嫌いでした」と笑う。

 そんなコンピュータ嫌いの村井教授の転機になったのは大学時代だった。
「工学部の数理工学科に進んだのですが、そこで管理工学科から移られた先生がコンピュータの構造を教えてくれた。DEC(Digital Equipment Corporation)という会社のもので、動かしてみると、コンピュータは計算なんかちっともしない。命令を書いて文字を書いたり絵を描いたりするメカニズムだった」
「コンピュータがエンジニアリングに見えてきて、『面白い』と思いはじめました」

「40年前も、今も、何も変わっていない」

 ちょうど電卓やワープロが浸透してきた時代だった。「コンピュータが人間に役立つ道具に変わってきている」と感じた村井教授。
「私が最初にコンピュータに触れたころは、コンピュータが真ん中にあって人間が群がっているようなイメージだった。それが、人間が真ん中にあって、コンピュータがその周りで人間を支えるというイメージが持てるようになった」
「そうすると、コンピュータは手を携えて人間を支えなければならない、コンピュータはネットワークでつながっていないといけないと思うようになった」

 「やろうとしていることは、今も全然変わっていない。コンピュータが人間を支える、というのが、私の研究者としての目標です」

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インターネットの登場

 コンピュータをネットワークでつなげる――それを村井教授が慶應義塾大学/東京工業大学間で行ったのが、日本のインターネットの誕生と言われている。1984年のことだった。
「当時、電電公社の専権のはずだった通信の分野を、民間の、しかも私のような若い研究者がやった。やっちゃいけない感がすごかったですね」
「同時期に、こうした『相互にネットワークをつなごう』という流れが各国で出てきて、共通のプロトコルとしてARPANET(Advanced Research Projects Agency NETwork)を使う合意ができた。各国でのネットワーク間の接続が始まった。インターネットはこういう風に始まったのです」

 インターネットが大学をつなぐネットワークとして始まったということが何を意味するか。
「アカデミズムには、国境なんてありません。つまり、大学のために作ったこのネットワークは、本質的に『国境がないもの』。国境がないこと、それが人類にとっての最大の財産になった」
「政府を通さずに国と国がつながることを可能にしたのは、インターネットが初めてだった。『グローバル空間』を作り出したこと――これが、インターネットが果たした最大の役割です」

世界を変えたのは

 インターネットの発展において、画期的だったことがもう一つあると村井教授は言う。
「それは無線の発展です。無線がインターネットのためにこんなに使われるようになるとは、当時は思っていなかった。電話とインターネットは、共存性はあるけど、政策としては違うルーツを持っていますから」
「それを、共通の基盤にすることができた。パソコンの上で使えるものとスマホの上で使えるものを一緒の世界にできたのは、歴史的な大勝利といっていい」
「無線の技術がインターネットのために発展し、無線のデバイスがインターネットのデバイスになったこと。これで我々は移動できるようになった――これもまた、世界を大きく変えたことです」

「ふっと気づくと人を傷つける道具を作っていたのではないかと考えることもある」

2019年は、ARPANETの構築から50年、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の開発から30年という節目だった。盛んに「これからのネットはどうあるべきか」というテーマでパネルディスカッションが開かれた。

 「テクノロジーを作る人々は、テクノロジーって動くから面白いよねという考え方で作る。でもその中で、ふっと気づくと人を傷つける道具を作っていたのではないか、と考えるようなことも必ずある」
「パネルディスカッションではよく『インターネットにとって一番大事なのは?』という質問がされた。それに対して世界中のパネリストたちが、'Ethics'と答えていた」

 「'Ethics'とは何か?日本語では『倫理』と訳されたりするけれど、これはいい語じゃない。『悪用/濫用』('Ab-use')の対義語としての『善用/適切な利用』を目指すことこそが、'Ethics'。つまり、悪い目的で人を攻撃したり、目的を越えて利用したりしないという『デジタルテクノロジーの善用』が、'Ethics'の内容だと思う」
「逆に、善用の目的でないと、インターネットは広がらなかったと思う。作っても、『善いこと』でないと、使ってもらえない」

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インターネットの「善用」こそ日本が先導する分野

 日本でのインターネットの使われ方は、「善用」との親和性が高いと村井教授は指摘する。
「善いことのためにテクノロジーをどう使うか。これを日本はすでにいっぱい経験している。例えば震災や災害時に、復興の過程で、ネットを使って多くのことができた。世界を見ると、ネットは個人情報をマーケティングに使うといった経済活動に使われることが多いけれど、日本では人の命を救うために使われるシーンが多い」

 村井教授は、ゲリラ豪雨のアラートの仕組みを紹介する。
アラートは、従来のレーダーでは発見できない、ゲリラ豪雨を生む低層の黒雲を一般の人たちが写真に撮ってウェザーニュース社に送り、それを雲の専門家が解析することで出される。その際、300万人にも及ぶ写真がデータベースとして集まっているのだという。
「写真を撮って送るのって、ひと手間かかる。それを惜しまずにやっている人が300万人もいる。これは、ほかの国ではなかなかできない」
「日本はちょっと変わってる。お金ではないインセンティブがある。テクノロジーの善用という文脈では、相当自慢できる環境にあるんじゃないかと思う」

 「だから、我々は未来を作るときに、インターネットの善用を先導しないといけないのかなという気がします」

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テクノロジーは夢をつかむ土台になるもの

 「AIが怖くなることもあるじゃないですか。自分たちを支配するんじゃないかとか。でも、テクノロジーが怖くなるのは、そういう風に作るから。AIの悪用や濫用が起こらないためにどうするかを、『善用』の観点からきちんと考えないといけない」

 「今や、200万人が使うアプリを小学生が作る時代になった。何かを解決したいな、こういうサービスを作りたいな、夢を実現したいなと思ったら、コンピュータやプログラミングの原理を知らなくてもそれができるようになった」と村井教授。
「デジタルテクノロジーというのは、手の届かなかったブドウの実を取るための台みたいなもの。大事なのは人間が何をやりたいか、手を伸ばして何をつかみたいかであって、それを土台になって助けるのが技術の役割だと思うのです」
「農業や医療の業界でも、人間の匠の技や名人芸をいかに継承していくかというところにAIやAR、VRの技術が使われている。三次元映像を使って伝えることができるようになっている」

これからも挑み続ける二つの分野

 「こうした三次元のデータは、これからもっと世の中にあふれるようになる」と村井教授。
例えば、今はベビーカーや車いすが通れる道のナビゲーションがない。GPSだと高さが分からないからだ。精度の高い三次元マップを作るためには、通った人の報告や、ベビーカーにセンサーをつけてのデータ収集の必要がある。
「こうした情報収集のためには、暗号化や情報セキュリティをきちんと整備することが大事。暗号化の技術は、インターネットを安心して使う仕組みを作っていますから」
村井純研究室が進める量子インターネットの研究もその一環だという。

 セキュリティ分野のほかに、「インフォメーションとデモクラシー」の分野も今後ますます重要になると村井教授。
「今や、広告のエコシステムが壊れている。本来、広告というものは、良質なコンテンツに付けられて、そのコンテンツを広げる助けになるはずだったのが、インターネットのクリック広告など、悪いコンテンツに広告がバンと出てくるようになってしまった」
「だからフェイクニュースができてしまうし、メディアの役割も崩れている。これは大きな課題です。いいコンテンツにいいスポンサーがつくという仕組みに戻さないといけない。いい意見が信頼を得て、支えられるように、インフラの側から何ができるか。そういうことにも挑戦していきたいと思っている」

次世代へのメッセージ

 「今の時代、一つの力、一つの学問だけでは課題を解決できない。慶應だって、KGRIだって、全学部、全分野が参加して、グローバルな課題を解決するという時代です」と村井教授。
「一人一人は狭い領域でいい。学際領域とは、すべての分野を知っているのではなくて、『一つの分野に強い、ただし、ほかの分野も偏見なく理解できる』ということだと思う」
「だから、学生や研究者たちには、『好きなことをやれ』と言いたい。自分が好きなことを、制限なく、夢中になってやることが大事です。そして好きなことを一生懸命やる中で、いい友達を作れ、とも言いたい。好きなことといい友達がセットになるのが、いいと思う」


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撮影:石戸 晋

2020年12月11日 取材 ※所属・職位は取材当時のものです。